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「でんでん虫」が発足したのは平成11年のこと。檀信徒の1人が、「自分が子どもの頃はよくお寺で遊んだ。粗相をして前の住職さんに怒られたこともある。今ではそれがとてもいい思い出になっている。けれど今はお寺で遊ぶ機会が無くなってしまった。お寺で遊んだ思い出を、今の子どもたちにもさせたい」と岸師に話したことがきっかけだった。
ちょうど先代が亡くなって、現在の岸顕雄住職が晋山する時だった。代替わりして若い岸師が住職になったことで、これまでの寺院の姿にとらわれない活動ができるのではないかという期待もあったのかもしれない。
岸師自身も、寺院をもっと人の集まる場所にしたいと考えていた。「地域のコミュニティーにしたい」という思いを持って晋山したのだった。
その時、まわりにいた檀信徒も、この発言に共感を感じていた。そして、「子どもたちが遊べるお寺に、みんながもっと気楽に来ることのできるお寺にすることをみんなで考えよう」ということになったのである。
こうして、「子どもたちをお寺で遊ばせる」ためのプロジェクトが始まる。まず有志が集まって、どんな活動を行うかを話し合った。
この時、岸師は2つの要望を出した。
ひとつは「何をするかについては、私はできるだけ口を出さないようにする。リーダーもみんなの中から選んで欲しい」ということ、もうひとつは「子どもが、楽しくお寺で過ごすことができれば、仏教色は出さなくていい。お寺らしいことをしなければならないということを、気にしないで欲しい」ということである。
寺院を中心として活動をする団体なので、通常は「住職を代表者に」「住職の意向をできるだけ汲んで」と考えがちである。しかし岸師は「僧侶がリーダーになると、どうしてもその人のカラーが強く出てしまって、活動が型にはまったものになりがちである。お寺の中から見る社会と、一般の人が見る社会は違うので、お寺の視点にとらわれたくなかった。またお寺から規制をかけたりあれこれ要求を言ったりするより、すべてを委託して自由にやってもらうようにしたほうが、責任のある分、みんな真剣に考えてくれる」と考えた。つまり寺院の意向にのっとって活動する組織でなく、自立的に活動できる組織であることを望んだのである。
岸師の要望を受けて、色々なことが決まっていく。会長には、地区の少年野球の監督をしている人が選ばれた。会の名前は「でんでん虫」に決まった。主な活動の機会を、花祭り、お会式、そして夏休みの時期に子どもたちを集めて行う納涼会の3つに絞った。会費は、このそれぞれの行事に1,000円づつ使うことができるよう年間3,000円とした。自立的な組織であるため、基本的には寺院からの資金援助も行わないことにした。
「でんでん虫」の活動はこうして始まったのである。
活動が始まって今年で3年目。会員は250人を超えた。そのうち檀家は約1割である。圧倒的に非檀家が多い。
境内で法要をやっていても、それに関心を持つ子どもはほとんどいない。万灯行列が練り歩けば興味は持つかもしれないが、それを眺めて終わりである。
しかし法要の時などに、境内いっぱいに屋台があればどの子どもも行ってみたくなるし、景品のついたジャンケン大会があれば自分も参加したいと考える。隣の家の友だちが、お寺で遊んでいたら、自分も行きたくなる。
こうして子どもたちの輪が、どんどん広がっていった。
それは親も同じである。屋台がたくさんあれば、やはりそこに足を運びたくなる。隣人や友人が、「今日はお寺で花祭りがあって、午後から行くんだ」と言えば、「じゃあ私も行ってみようかな」ということになる。誘った人が檀家だと「檀家だけの集まりに、自分が参加すると居づらいのでは」と感じることもあろう。しかし、誘った人も法田寺の檀家ではないとなると、「檀家でなくても、参加していいんだ」ということを、説明しなくても解ってもらえる。「檀家が誘うよりも、檀家でない人が誘うほうが、参加しやすいみたいだ」(岸師)ということなのだ。
こうして一度行事に参加した親子が、今度は「でんでん虫」の正式な会員になっていく。「子どもが参加するようになると、自然に親も『でんでん虫』の会員になっていく。そして一度準備等を手伝ってもらうと、『次はいつですか。ぜひ手伝わせてください』ということになっていく」(岸師)のである。
約250人の会員のうち、行事が行われる時にスタッフとして準備等を行う人は50人ほど。会員の年代は30〜40代が中心である。当然だが小中学生の子どもがいる世代が中心だということだ。
一般的には、寺院での行事に参加するのは、60代以上の人が多い。通常、寺院に関心を持つようになるのがその年代であるということ、仕事を辞めていて時間に余裕のある人が多いことなどがその理由である。
それを考えると30〜40代の人が、寺院の活動に積極的に参加していくことの意味は大きい。寺院と縁を持つ人の幅が広がったということであり、それによって寺院の雰囲気も変わってくる。何よりも、若い分だけ長い期間、寺院とつきあっていくことができる。
また若い人が集まると、伝統にとらわれないアイディアも出て来るという。まだ50代の住職と世代が近い分だけ、寺院に対する要望も言いやすいともいう。「お会式で『子どものためのお題目法要』をやってくれと言い始めたのも、『でんでん虫』のメンバーだし、最近は色々遠慮せずに言ってくれるようになった」と岸師も「でんでん虫」メンバーの活力に刺激を受けているようだ。
「子どもたちをお寺で遊ばせる」ために始まった「でんでん虫」であるが、むしろ大人のほうが積極的に参加し、法田寺を中心とした新しい地域コミュニティーが生まれつつあるのである。
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